昭和46年08月11日 朝の御理解
御理解 第81節
「氏子、十里の坂を九里半登っても、安心してはならぬぞ。十里を登り切って向こうへおりたら、それで安心じゃ。気を緩めると、すぐに後へもどるぞ。」
今日私、御祈念中にあのトウモロコシ、ね、ここら辺では、トウキビと申します(唐黍)トウモロコシが、赤頭のところが真っ黒になっておるところを頂いた。そしてこの八十一節を頂いております。そのトウモロコシがこれは実がいっているか、いっていないかという事をわかる為に、あれが真っ黒うなっておれば確かに実がはいっているんですね。ところがまだ、白かったり、赤かったりぐらいでは中の実が入っていません。入っておってもびしょびしょですね。
だから私は思いました。苦労がならなければ成るという事は成就の成るですよ。苦労がならなければ、本当の実にはならないという事。まあいうならば修行が成就しなければです、本当の稔りにも力にも徳にもならんという事。お互いが一生懸命修行に取り組ませて貰って、ね、まだようやく赤くなったばっかりのとをもうもぎ取ろうとする。開けてみたらほりゃびしょびしょだった。そう言う所で繰り返し、繰り返しそう言う様な、おかげで一生終わったとしたら信心させて頂く値打ちはないですね。
一つ、ね、いわば黒う(苦労)が成る。修行が成就すると、修行が成就するというておられる。おかげを頂かなければ馬鹿らしいですよ。その為にです、私はこの八十一節、ね、もう大概九里半位じゅない、もう八里か七里位のところでへこたれる。ね、そこでどうでも本気でお互いが本気で辛抱力を作らなければいけんわけです。そのしんぼう力を作る時が、ね、なかなかどっち片付かずというところがありますけれど、やはりしんぼう力を作らなければいけん。
先日もあの学院から帰って参りました連中と、ここの修行生の方達を交えて座談会を開きました時、それは学院で眠る時間を充分に与えられて学業の時は、ま眠らんようにね、そういう時間はちゃんと与えてある。所がやはり功名争いとでも申しましょうかね、我先にやはり修行精神の強い人は、一つ本気で修行させて貰う。もうそれこそまぁ功名抜けがけのような事なのですよね。人が寝ておる所にじっと、奥城に参拝をしたり、人が五時間寝るところは、もう三時間で寝ると言う様なね。
まあ様々なその修行があります。そういう修行に取り組ませて貰う。だからどうともいえんのであります。ここの御信者さんがあるところに勤めた。そしたらそこの御主人が見えて、本当にここの御信者さんじゃから、よかと思うてから雇わせて頂いたら、もう事務を執りながら眠んなさること、眠んなさること。だから気の毒かばってんかち、私にいうて見えた事がある。ところが本人は、それこそ朝晩その当時、今居られませんけども、朝晩修行しよる。朝の御祈念に参ってくる。
夜の御祈念に参ってくるそして昼は勤める。ですからつい机の前に座ると眠気がくる。その眠っておる自分じゃ眠っとらんつもりじゃけれども、その雇い主から見ると眠っているわけなんです。だから朝参りをやめなさいともいえない。そのこと私話たんですよ、私がたった三十分ばかり話たら皆、目をつぶってえらいおとなしゅう聞きよると思いよったら眠っとる。だから私が途中で止めてから、それからお茶を出したり、栗を沢山頂いとったから栗を頂き、したら目を覚ましたから又話をして続けた。
眠いが当たり前なんです。だから、なら、あなた方に眠んなさんなともいえないし、そういうて、そげなきびしい、ね、眠らん修行やらといったような修行やらはもうやめなさいと言いたい。言いたいけども今こそ辛抱力を作っておる時であるから、やっぱりそれを止めろともいえない。まあ学院生の場合であるならば、なら講師の先生方が特に合楽の者は、よう寝むると思いなさるじゃろうと思うんね、知らん人の知らんところで、そうした修行をしよりますから。ね、ですからどっちともいえん。
但しね、こういう事がいえます。これは眠ることですけども、あの眠りだすとですね、眠りぐせちいう奴がつくです。もうどがしこ寝たっちゃですね。私の方の家内あたりが眠りぐせのついとるとじゃろうと思う。まあ病気かなんかちょっとあのもう一日位ぐっすり寝らせて貰う時があります。だからもう夕べはあがしこ寝とるけん、今日は寝むらんじゃろうと思うたら、やはり御広前で一生懸命寝る。あれは寝むりぐせです。もう寝ねりぐせがついたらつまらん。
どこまでもそれがやはり厳しい寝むらんなら寝むらんという修行。本当に倒れるごと苦しい時がある。寝むらないという事は。けれどもです、そこんところをです、私はあの辛抱力を作っておる時ですから、だからこの場合は、どっちつかずの場合です。お互いの信心の場合でもそうです。例えばお金が足りんと、参る時間を働く。そげんした方が借金払いもよけい出来てよいですよと。はぁ、あなたいまんごと難儀な時にこげんお供えをどんどんしてから足らんはずたいと私も言いたいです。ね、
少しでんそれが、もうここでお供えするとを借金払いの方へ廻したらどうですかと。借金に責めたてられる人達の場合、それを思うのですけれどもね、本当に一つのその苦労がなったとき、その修行が成就した時に頂くおかげというのは、もうそれはもうあれよあれよというおかげなのですから、どがしこ借金負うとったってかまわん。どれだけ睡り倒れるようにあってもよい。ね、そこん所をです私は辛抱し辛抱力を作らにゃいけん。三代金光様もね、神信心には辛抱する事が一番大切でございますとおっしゃる。
辛抱力を作れとおっしゃる。さそれがです、ね、九里半登ってもです油断をしてはならんという。ね、ところがお互いが、もうさあ九里になった、九里半になったというたら、へこたれる。いうなら顎出してしまう。それをいくら何辺繰り返しても、だから、それは苦労に終わってしまう。ね、成らない修行が成就しない。私はねこれ程素晴らしいおかげ、人間の幸とは、ね。
私は真の信心によらなければ、絶対に頂けないと思いますが、そういうおかげを頂きしかも、あの世にも持って行け、この世にも残しておけると、いう程しのものを頂くのですから。私共はこの世に生を受けさせて頂いて、おかげを頂いて、その生を受けておる間に、真の信心をわからして貰い、真の信心を身につけさせて頂いて、真の徳を頂かして頂かにゃならんのですから、やはり容易い事では、おかげは受けられても、お徳を受けられないと思うのです。
お徳を受けなければ人間の幸せ、あの世この世をかけての幸せということにはなってこない。もう本当に思いますのに、もう本当によか信心ができなさる、私が見とっても。ああこのまま成長したら、素晴らしいかろうと思う。所がその所謂もう成就間近しという時に、こう信心がいわゆる油断ができてくる。惜しいねえ。もうこんなに惜しい事はない。神様も本当にはがいい思いをなさることであろうと思う。
だから睡かろうけれども、ね、世間ではです、人はです、あなたは金光様の信心をしよると思うて雇うたばってん、あーた、あなたんごと睡っとんなはんなら、もうどんこん家ではできんけんでというて、恥ずかしいような、注意を受けるような場合であってもです、止めちゃならん。それでいいて。ね、それならもう明日から、朝参りを止めて、充分休ませて頂いて、勤めに出らして頂く。成程、それはね、合理的であるようですけどもそれは、それだけのおかげ。
そこで私共が、ね、あらゆる工夫をさして貰うて、辛抱力を作らして貰うおかげ。それが辛抱力が辛抱の徳ともならして貰うて、信心辛抱の徳ともならして頂くと、そこにはもう辛抱せんですむおかげ。久留米の初代が、ね、二代金光様から頂かれたという御教え。「なあ、石橋さん、とかく信心は辛抱じゃ」とおっしゃった。もうそのお言葉が石橋先生の一生を通しての掛け守りのようであったであろう。手続きを頂いておる私共でも、やはりその御信心を神習わして頂いとるわけである。
久留米では口を開けば信心辛抱といわれるけれどです、石橋先生という方は大変な辛抱力を鍛えられたお方であったと。先生のま御日常の御生活を見ておると、私共はまあ外から見るだけ位ですけども、一緒に御修行された先生方がいわれるに、石橋先生という方はね、もう絶対弟子達が不調法しました、それが大きな不調法であれはある程、絶対仰らなかった。普通はやはり厳しゅう仕込まれたらしいですね。けれどもまあ取り返しのつかんような、不調法した時なんかには決して仰らなかった。
これは一つ言うとかにゃと思いなさる事もあったろうけれども、そこをじっと辛抱なさったのでしょうね。そして、そこんところをです、弟子の不調法はししょうの不調法として神様にお詫びしぬかれたでしょうね。そういう信心をお続けになられるところからです、信心辛抱という事が、どのように素晴らしいことかという事が、おわかりになった頃には、もう、辛抱される必要すらもなくなってきたのではなかろうかと、これは私が推察するわけであります。
そんな一生辛抱しぬかれたという事じゃない。もう、辛抱せんですむ、いわゆる辛抱の徳を受けられたのではなかろうか、いわんですむ、行わんですむ、それは悪い事ですよ、悪い事を言わんですむ、悪い事を行わんですむ。御修行の徳が積まれになったのではなかろうか。そこにはやはり、ここが、ね、それこそ苦労の重なる、ここでは九里半とあるがです、もう、それこそ九里九合というようなところもおありになったろうと思う。九に九が重なるような事があったろうと思う。
けれどもです、そこを辛抱し抜かれたところに、いわば百という事になった。成就という事になった。ね、だから、まあ、いうならば、皆が此処で失敗し、またはそこで挫折するところをです、辛抱しぬかせて頂く。だから一つ若い時にというかね、特に若い時には辛抱力を作る事をひとついわゆる徳としなければならん。近頃その座談会の時もです、何かこう親教会、私に対して、例えばいろいろの願いといったようなものはないだろうかと、したら直子が言いました。お小遣いが足りません。
そりゃ今ぐらい五千円づつ送るんですよ、修行生には学院生には。今頃のお金じゃけん使おうと思うたらもう五千円位のお金はアッという間でしょうね。けど私は申しました。お金ちいうのもは使うまいと思うたら、一銭金でせ使わんでよかばいと私は申しました。だからそこん所を辛抱しよるとじゃから。私は小学校の時に長崎と佐世保の旅行かあった一泊でその時に私は一銭も使わじゃった。それで結構やはり長崎の印象、佐世保の印象はこう頂いて結構楽しかった。家から持っていっとるものだけで結構だった。
帰ってから学校の先生が、昨日はお前達はいくら使うたか父から質問がありました。やはり金持ちの息子は一円も使うたのがおりました。一円使った者は皆手を挙げる。九十銭八十銭五十銭十銭やっぱり皆手を挙げる訳です。所が私だけが上げんもんですけん、大坪お前はどうして手を上げんかちいわれた。僕はひとつもお金を使いませんでしたちいうから、そんなら手を上げん筈たいというて大変誉められた事があります。
もう行きがけから思うた。もう母がねもう大変難儀な中から旅費を作ってくれたとをチラッと私は見たのです感じたのです。これはもう止むかと思うた位でした。ですからねそれば思うたら、もうだから今度の旅行は一銭も使うまいと思うて行ったら使わんからというて、いっちょん実ない事も、羨ましいとも思わなかった。結構しかも旅行は楽しかった。帰ってから先生からほめられた。ね、だから使うまいと思うたらね、もう絶対使わないですむよというてから申しました事でした。
使おうと思うて財布の紐をちょっと緩めたら、もう限りはなかて、今どきの金は。やはり辛抱力、買いたいものんもある、食べたいもんも飲みたいものもある。ここに幾らあればと思う。けれどももう、飲まんぞ、食べんぞと思うたらそれでいい。私共はあの修行中は断食の時分なんかもう食べんと決めておるからね、欲しくない。けどやっぱり時々はそのやっぱ、ね、神様はわざとこうにうりやがい?ですね、いわゆるあの鰻の蒲焼やらしよるところを前をわざ々通らしなさる時がある。
もうそれこそもう美味しい臭いがぷんぷんしてくるもんね。お腹の中はぐうぐういうて、さあそこをじっと辛抱しぬかせて頂いた。おかげで辛抱力が段々様々な意味において鍛えられてきた。だから愈々本番という時に辛抱し抜かせて頂くおかげが頂けたと言う事。皆さんだから一つ本気でね、もうその頂き抜くという信心をね、身に着けなければいけません。私はこの八十一節と言う所は。
そう言う所をもう一番大事な所。愈々お徳を受けるか、受けないか力を受けるか、受けないかその際どい所をです辛抱せろもう辛抱できん、さあそこを辛抱するのが信心、ね、二代の桂先生が親先生との間にいろんないきさつがあった。とうとう四神金光様のお口ぞえで一緒になっておられたのですからね。とうとう小倉から本部に帰られた。ね、して四神様にその一切を申し上げられた。名前をおみつさんという。いやだからね、おみつさん辛いかと仰った、もう辛いの段じゃありません。
四神様辛抱ならどげな辛抱でも致しますと、けどももうこの辛抱だけは、もう出来ませんというて訴えられた。そしたら四神様がおっしゃった。さあ、その出来ん辛抱をね、させて頂くのが辛抱ぞ。さあ今からすぐ帰れ、松平が表から、ね、出ていけというたら裏から入れ。裏から出されたら表から入れとおっしゃった。ね、もう、辛抱が出来んというそこから先が辛抱なんだ、本当は。だからああいう大徳を受けられた。二代の桂先生、そして何十年間の御用をして下さった。
ここんところを、九里半登っても油断してはならんと。向こう降りたら安心ぞ、ね。いうなら、そこはどういう事かというと、いわゆる信心辛抱しぬかして頂くとです、もう人は血の涙の出るごと苦しいところでもですね、もうそれが辛抱が辛抱にならない。むしろそれが有難とうなってくる。それが辛抱の徳なんだ。三代金光様でもそうでおありになった。御年、わずか十三才、只、座っとれば楽じゃとおおせられたから、ね、もう、それこそ泣く泣く辛抱しいしい座っておった。
そしたら思う事もなくなり、欲しいものまでなくなったと述懐しておられます。そして、その次には有難うて有難うて、その有難いおかげに対して、御礼の足りない御詫びばかり致しておりますと、おっしゃるようなところまで心が進まれた。ね、いわゆる、我情我欲が取れてしまわれた。思う事、我情がとれた、欲しい事、我欲が取られた。そこにはもう、ね、辛抱しておられる、お座りになっておられるということにおいては同じ事だけど、もうそのことが有難うて有難うてという事になられた。
しかも、そこにはね、それこそ願わんでも頼まんでもというおかげになって参り、おいでになられた。その御礼の足りない御詫びばかりしておりますと、晩年おっしゃっておられます。お互いね、まあそこまでには行けんにいたしましても、本気でひとつ辛抱しぬかせて頂いて、ね、辛抱力を作る。そういう修行の時にはです、確かに人から見ても金光様の信心ちゃおかしいという人があるかもしれん。その辺のところを私は、金光様の信心は常識的なものでもなからねば、合理的なものでもない。
ある意味あいにおいては、非常識、ある場合においては、それを超常識という事になる。先程、例を申しましたように、寝る時間が少ない、勤めに出る、勤めに出ると、ね、机についたばかりで居眠りをする。あなたは金光様の信心しなさるけんでと思うて、来て貰うたばってん、そげん寝んなはんならちいわれるような事がある。そりけんなら朝参り止めようというような事ではね、私はそれをよう思いますよ。この頃もあの高橋さんなんかあの居眠り運転してきよる。
もうそれこそもう本当にもう道路のギリギリのところを一生懸命眠り運転をしてハッと気がついた時にはもう落ちる寸前じゃった。だからもう高橋さんいい加減にしてからそげん朝参り、夜参りしなさんなと、寝る時間を少し作んなさいと、怪我どんすりゃかえって御ヒレイに疵つけるばいと本当いうごとあるです。けれどもそういう、辛抱力を作りよんなさる時じゃからね、どっこいそれはいわれません。
本人もやっぱそこんところを、頂き抜きよんなさるとこじゃから。ね、だからそういう場合は、常識から外れたような事です、私そん時言う事は。しかしね絶対、神様に向かうて来るとじゃからおかげ頂くよちしか申しません。人情を出すと、ね、もしもの事があって返って、お道を汚すような事が、あってはならんといいたいようなところ、これは常識的な、ね、いわゆるそれの方が合理的かもしれん。
けど合理的では、只、理に合ったというだけのおかげ、超合理的なと、いわれるほどしの信心をするから、超がつく程しのおかげが頂かれる。あれよあれよというようなおかげになっくるのです。ですからそういう過程の時にはです、本当にそれは身近な親戚の方でもです、身内のものでもです、信心を止めろとはいわん。そればってんが、ちっとどうか信心の方ばどうか考えなさったらどうですかといわれる時代があるです。私共がそうでした。両親からいつもいわれた。信心止めろとはいわん。
けれどももう朝から晩まで、神様、神様というてというふうに言われましたけども、さあなら両親がそういわれるから、両親のいわれる通りにしとったら現在の合楽は開けとらん。ね、そこの所を頂き抜くという事。私が今日御神前で頂いた、ね。トウモロコシ、唐黍のいわば赤いまだ赤からしというですね、あれが赤い時に開いて見ても、中はびしょびしょ、白い時でも開くならまだ実も入っとらん。びしょびしょのおかげであまんじる事なく、もうばちばちするごとある実の入るおかげを頂かせて頂く。
本当の信心の稔りを頂かして頂く為に、ね、赤頭が真っ黒になるまで辛抱しなければいけません。黒う(苦労)はなるのである。修行が成就するのである。そこにはです、それこそバチバチするような実の入ったおかげが受けられるわけです 八十一節はそういう事を教えとられるのじゃないでしょうか。すぐ後へ戻る。もう戻らんですむおかげを頂きぬいて、もう辛抱が辛抱と感じんですむところまで。
辛抱の力、辛抱の徳を身に受けたい。八十一節、八にプラスするはじまりと書いてある。いよいよ本当のおかげ、こんなに広がって行く事のこれが基礎だ。これがはじまり、第一歩なのである。だから、ここの修行が本気で出来なければあの世にも持って行けるという程しのおかげになって来ない。この世にも残しておけるというようなおかげには勿論ならない。そこを目指さして。
皆さんの場合はそこん所が今、丁度中途半端な所だと思います。そこん所でぐずぐずする事なくそこを一気にです、もう使わんぞと決めたら使わん事もまた、楽しいと私の小学校の旅行の時の事をお話しましたように、もうああせんぞときめたらね、せんですむです。問題はそこに一心発起が出来るか出来ないかという事、それをぐずぐずしたいばってんされん、買いたいばってん買えんというから苦しい事になってくるですね。
どうぞ。